そこは見慣れた場所だった。

けれど、だったのは七年前の話で、バッジを外してからは暫く、そこは時々訪れるだけの場所だったはずだ。
 挙動不審な様子で、周囲に首を回す成歩堂に警官が声を掛ける。
「どうか、なさいましたか、成歩堂弁護士」
「‥弁護士‥う〜ん久々に聞いたなあ」
 思わず口をついて出た台詞に、警官が首を傾げる。どうどうにも不審人物を見る視線に慌てて笑みをつくる。
「なんでもないんだ、疲れているのかなぁ〜。」
 ハハハと笑い、手短なトイレに飛び込んだ。自分が記憶している物と寸分違わぬ場所にそれはあり、室内の配置も同じ。
 
 己の仕事場でもあった裁判所だ。

 扉を入ってすぐに目に入る、男性用の便器に向かい合っている壁には洗面台と鏡がある。成歩堂はそこに写る姿にどう目した。

「参ったね‥これは‥。」

 青いスーツに身を包んだ若造が困った顔をしている。襟元には、金のバッチが付けられていて、夢でなければいったい何の冗談だろうかと笑うしかない。
 無精髭のひとつもない顔は、今の自分には見慣れぬものだ。顎に手を当ててみれば、ツルリとした手触りがなんとも居心地悪かった。


パラドックス症候群


準備中



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